松山地方裁判所 平成6年(ワ)786号 判決 1999年4月28日
原告
古田健次郎
右原告訴訟代理人弁護士
三好泰祐
同
松本恒雄
被告
桝田三郎
外六名
右被告ら訴訟代理人弁護士
河本重弘
同
米田功
同
稲田輝顕
主文
一 本件請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(平成六年(ワ)第六九九号事件)
1 被告らは、株式会社伊予銀行に対し、連帯して、金四七億三三〇六万円及びこれに対する平成六年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
(平成六年(ワ)第七八六号事件)
1 被告らは、株式会社伊予銀行に対し、連帯して、金四億六一四六万一〇〇〇円及びこれに対する平成六年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案に対する答弁)
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、訴外株式会社伊予銀行(以下「伊予銀行」という。)が訴外株式会社マルタホーム(以下「マルタホーム」という。)に対し松山市中野町の大規模宅地開発事業(以下「中野町開発」という。)に関し多額の融資をしたことについて(平成六年(ワ)第七八六号事件)、また、同銀行が同社に対し愛媛県新居浜市東田の大規模宅地開発事業(以下「東田開発」という。)に関し多額の融資をしたこと及びその後融資を打ち切ったことについて(同年(ワ)第六九九号事件)、同銀行の株主である原告から、同銀行の当時の取締役であった被告らに対し、右融資ないし融資打切によって同銀行に多額の損害が発生したのは被告らの取締役としての忠実義務違反、善管注意義務違反によるものであるとして、その損害金及び遅延損害金を連帯して同銀行に賠償するよう求めた株主代表訴訟である。
二 前提となる事実(当事者間に争いがない事実)
1 当事者及び関係者
(一) 原告は、平成三年一一月から、株主名簿に登録された伊予銀行の株式約三万株を有する株主である。
(二) 伊予銀行は、昭和一六年に設立された地方銀行であり、被告桝田三郎は昭和四七年一〇月から、被告水木儀三は昭和五四年一二月から、被告牧野浩及び被告宮内省三は昭和五七年六月から、被告達川光作及び被告西山雄三は昭和五九年六月から、被告青野和夫は昭和六一年六月から、それぞれ同銀行の取締役の地位にあった。
(三) マルタホームは、昭和四九年一一月一一日に設立された(昭和五三年九月一日商号変更)、プレハブ住宅の販売設計施工、各種土木工事の設計請負施工等の業務を目的とする資本金六〇〇〇万円の会社であり、その創設者兼代表取締役は田坂功(以下「田坂社長」という。)であった。
同社は、平成六年七月一三日及び同月一九日、手形決済のための資金調達ができずに手形不渡を出し、事実上倒産した。
2 中野町開発に対する融資
(一) マルタホームは、平成二年一月ころ、大規模宅地開発事業である中野町開発を企画し、伊予銀行に対し、開発対象地区のうち同社が既に買収して所有権移転登記を具備していた土地に極度額六億円の根抵当権を設定することを条件に、資金融資を申し込んだ。
なお、マルタホームが所有権移転登記を具備していた右土地は、大部分が山林、溜池又は雑種地であり、仮登記を取得していた土地も、山林、田又は畑であった。また、これらの土地は、都市計画法上の市街化調整区域に属し、その総面積は開発予定地の一〇分の一に満たなかった。
(二) 伊予銀行は、マルタホームからの右融資申入れについて、平成二年二月二八日開催の常務会(常務以上の取締役を構成員とする重要事項を審議する機関)で審議し、被告らがこれに賛成して可決された。
そして、同銀行は、平成二年三月から同年一二月までの間、マルタホームに対し、中野町開発に関して、総額六億八一〇〇万円の融資を実行し、その担保として、平成二年三月二二日、マルタホームが買収していた土地に根抵当権の設定を受け(同月二三日登記)、同年一〇月九日には、他の土地にも根抵当権を追加設定した。
(三) マルタホームは、中野町開発に着手したが、平成三年五月ころ、都市計画法上の開発許可(以下、単に「開発許可」という。)申請手続もとられないまま開発が中断された。
3 東田開発に対する融資
(一) マルタホームは、平成二年三月ころ、愛媛県新居浜市東田の大規模宅地開発事業である東田開発を企画し、伊予銀行に対し、右開発対象地に極度額五七億四〇〇〇万円の根抵当権を設定することを条件に、資金融資を申し込んだ。
同地区は、新居浜市街地の中東部に存する小高い丘陵地域にあり、四国縦断自動車道新居浜インターチェンジと同市中心部を結ぶ国道一一号線バイパスが整備されるなど幹線道路への系統連続性は良好で、周辺には他にも大規模開発団地があるなど宅地化の影響を強く受けており、自然条件的にも問題がなく、都市計画法上の市街化調整区域の指定を受けてはいるが、今後の発展が十分に見込まれる地域であった。
(二) 伊予銀行は、マルタホームからの右融資申入れについて、平成二年四月二三日開催の常務会で審議し、被告らがこれに賛成して可決された。
そして、同銀行は、平成二年五月一五日から平成五年一二月二七日までの間、総額五一億一七〇〇万円の融資を実行し、その担保として、平成二年七月一四日、マルタホームが買収していた東田三丁目乙八番外二七筆の土地に極度額一六億円の根抵当権を設定し、その後、マルタホームが取得した開発対象地に順次根抵当権を設定して、その極度額を五七億四〇〇〇万円とした。
(三) 伊予銀行は、平成五年三月三〇日、マルタホームに対し、東田開発の所要資金(極度額九三億円)について、融資条件が整い次第融資することを確約する旨記載した融資確約書(甲一三)を交付した。
(四) マルタホームは、用地買収を進め、平成五年一〇月一日、新居浜市長に対し、また、同年一一月二二日、愛媛県知事に対し、それぞれ開発許可を申請し、平成六年五月一二日、いずれも許可を得た。
4 東田開発に対する融資打切
伊予銀行は、平成六年五月二〇日及び同月二三日開催の常務会において、マルタホームとの与信取引打切について審議し、被告らが賛成して、東田開発に関する融資を打ち切ることを可決した(なお、被告青野和夫が取締役として右決議に関与したか否かは、争いがある。)。
5 本件提訴
原告は、中野町開発に対する融資、東田開発に対する融資及びその打切がいずれも伊予銀行の融資基準や与信取引慣行等に反し不当であって、常務会において右決議に賛成した当時の取締役である被告らには、同銀行に対する忠実義務違反又は善管注意義務違反があるとして、本件株主代表訴訟を提起するに至った。
三 争点及び争点についての当事者の主張
1 本件訴えが株主権の濫用に当たるか(争点1)
(一) 被告らの主張
本件訴えは、株主権の濫用である。
すなわち、
(1) 原告は、いわゆる高利の貸金業を営む有限会社西和クレジット(以下、「西和クレジット」という。)の代表取締役であるが、平成六年七月ころ、田坂社長からマルタホームの株式を取得し、同社が事実上倒産して間もない平成六年八月五日から同年一〇月一日までの間、同社の代表取締役に就任し、その後任者を西原清としている。
(2) マルタホームは、東田開発に関連して、平成六年四月ころ、甲野太郎が代表取締役である国際開発株式会社(以下、「国際開発」という。)に対し、総額一三億三〇〇〇万円の約束手形を理由もなく振り出し、うち一億二〇〇〇万円分が国際開発から直接、三〇〇〇万円分が西原清を通じて、いずれも、原告が経営する西和クレジットに裏書譲渡されている。
(3) 原告は、マルタホームの田坂社長や西原清、国際開発の代表者の甲野太郎とは、かねてから深い交際をしており、マルタホームの内情に通じている者であって、伊予銀行の同社に対する融資決定や融資打切についての後記理由や被告らに善管注意義務違反等がないことを知悉しながら、株主の地位を利用して本件株主代表訴訟を提起したものである。
(4) 原告の本件株主代表訴訟提起の意図は、伊予銀行や被告らの信用を毀損する状況を作出して被告らを困惑させ、同銀行のマルタホームに対する融資を強要して、西和クレジットの所持する前記総額一億五〇〇〇万円の約束手形の債権回収を図るとともに、国際開発のマルタホームに対する前記手形債権の回収に協力しようとするものである。
(5) したがって、本件株主代表訴訟は、西和クレジット、ひいては原告個人や国際開発という特定債権者の経済的利益を得ることを目的として提起されたものであって、明らかに株主権の濫用に当たるというべきである。よって、本件訴えをいずれも却下することを求める。
(二) 原告の主張
被告らの右主張は争う。
近時、金融機関の経営の在り方については、不良債権の処理など、つとに問題性が指摘されているところ、一般国民が金融機関の健全な経営の在り方を求めて株主代表訴訟を提起することは大きな意味があり、本件訴訟もそのような意義を有する訴訟として評価されるべきである。
2 マルタホームに対する融資ないしは融資打切に賛成した被告らに、伊予銀行に対する取締役としての忠実義務違反、善管注意義務違反があったか(争点2)
(中野町開発に関する融資について―争点2の1)
(一) 原告の主張
被告らが中野町開発に関する融資に賛成したことは、伊予銀行に対する取締役としての忠実義務、善管注意義務に違反する。すなわち、
(1) 中野町開発は、当初から耐震キングハウス工業株式会社(以下「キングハウス」という。)が事業計画を進めていたものであり、松山市長からの開発事前同意も、マルタホームとキングハウスの二社宛になされ、開発対象土地の農地転用許可の事前申請はキングハウス一社でなされており、他の同業者が土地を買収している地区もあって、土地の買収は困難が予想されたものである。しかるに、被告らは、これらの点について十分な調査を怠り、田坂社長の説明を鵜呑みにして、マルタホームが中野町開発を単独で行っていると軽信し、山林、畑等を宅地として開発するために必要な農地転用許可、山林開発許可を取得しているか否かも全く調査しないまま、漫然と中野町開発に関する融資に賛成した。
(2) 伊予銀行は、平成二年二月にマルタホームヘの中野町開発に関する融資を決定し、同年五月には、これと並行して同社への東田開発に関する巨額の融資を決定している。しかし、マルタホームは、平成二年前後の年間利益が二四〇万円から一九〇〇万円程度で、売上高は一二億円から一八億円であり(帝国データバンクの調査報告書、甲二〇)、大規模宅地開発を手掛けるほどの企業規模も信用もなかった。しかるに、被告らは、審査部の強い意見に押され、十分な調査を怠って、右各融資決定に賛成した。
(3) 大規模宅地開発事業は、用地買収、農地転用許可、進入路や排水路の確保等、不確定要素が多く、開発許可を得て造成工事が完成するまでには長期間を要するものであるから、その融資に当たっては焦げつきが生じないように十分注意すべきである。そのためには、山林や溜め池、農地といった市街化調整区域内に存在する担保価値のほとんどない開発対象地を担保として融資すべきではなく、そうする場合でも別物件を共同担保に提供させるべきであって、時期的にも、多くの不確定要素について道筋がつき、開発許可が得られるか、その確実な見通しが立ってから、融資を実行すべきである。しかるに、中野町開発については、市街化調整区域にあり、開発許可申請手続もとられておらず、農地転用許可、山林開発許可もない上、全開発予定面積の一〇分の一にも満たない山林、溜池、雑種地等を担保とするのみで、他の担保を徴しないまま、融資が実行されている。
(4) 以上のように、中野町開発に関する融資は、担保徴求方法や融資時期に問題があり、巨額の融資金の回収が不能又は困難に陥る危険性の高いことが明らかであったのに、被告らは、回収不能となる要素について十分な調査を怠ったまま漫然と審査部の意見に従って右融資決定に賛成したものである。
(5) さらに、マルタホームは、中野町開発に関して売買代金を支払ったのは対象土地の一部(一二筆)だけであり、融資金を他に流用した可能性が高い。しかるに、被告らは、土地売買契約書等で融資金の使途を確認していたならば、資金流用の発見が可能であったのに、融資金の追跡調査を全く怠っている。
(二) 被告らの主張
マルタホームに対する中野町開発に関する融資実行は適切であり、これに賛成した被告らに忠実義務違反、善管注意義務違反はない。すなわち、
(1) 伊予銀行がマルタホームから中野町開発について融資申込を受けた当時は、愛媛県下における住宅需要も旺盛で、住宅関連融資は優良な融資先としてその拡大が期待され、大規模宅地造成は銀行として積極的に対応すべき有望な事業であった。
(2) マルタホームは、堅調な営業をしてきた中堅の地場企業であり、和気、堀江団地、北土居団地、安城寺団地といった大型宅地分譲の実績もあり、融資先として優良企業と評価され、大規模宅地開発事業について、技術面、販売力等に問題はないものと考えられた。同社の田坂社長に関しても、土地開発事業を遂行する積極性があり、伊予銀行との与信取引においても約束違反はなく信頼がおけると評価されていた。
この点について、原告は、マルタホームは大規模宅地開発を手掛けるほどの企業規模も信用もなかった旨主張するが、中小規模の建設業者の売上高が年次によって変動するのは通例であり、原告の主張する信用評価はバブル崩壊後数年が経過し経済情勢が厳しくなっていた平成六年一月一三日に作成された信用調査報告書(甲二〇)に基づくものである上、右報告書はマルタホームに対して著しく低い評点を付しており、融資実行が決議された平成二年度のマルタホームの信用評価としては不適切である。
(3) 中野町開発の対象となった地区は、市街化調整区域ではあるが、松山市中心部へ約一〇キロメートル、地形は平坦であり、その他、給排水、道路状況、環境等いずれも好条件で、優良宅地として多数の需要が見込まれる大規模宅地開発の適地であって、完成すれば短期間に完売できるものと予想された。しかも、伊予銀行にとって、その結果、マルタホームへの融資金回収が容易になるだけでなく、土地購入資金、建築資金、家具購入資金等の融資需要が生じ、銀行の営業に多大の波及効果も期待できた。
(4) 被告らは、平成二年二月二八日開催の常務会において、右企画内容や完成時の波及効果等を検討し、中野町開発に関する融資に賛成したものであって、当時の状況からすれば、右開発に前向きに対応したのは当然というべきである。その後、中野町開発の中断や、何人も予見し得なかった経済不況、特に不動産市況の悪化によって融資金の回収ができなくなり、伊予銀行が損害を被ったものの、それは結果的なことであって、中野町開発に関する融資について、被告らに取締役としての忠実義務又は善管注意義務違反はない。
(5) 原告は、中野町開発に関する融資の時期や担保取得方法等が不当であると主張するが、以下の理由から失当である。すなわち、
① 大規模宅地開発に当たっては、開発許可申請に先立ち、事前審査の申請をして許可庁(市長)の同意を得た場合、そのとおり事業を進めれば概ね本許可が得られるのが通例であり、中野町開発に関し、マルタホームは、昭和六一年三月四日、キングハウスとともに松山市長から事前同意が得られていた。そして、大規模宅地開発者の地位は譲渡性があるから、マルタホームが単独で開発することとなっても何ら問題はないし、公共性のある案件として行政側の理解が得られ、開発許可を受けられる見通しがあった。
② また、大規模宅地開発事業における融資の主要部分は、土地取得資金であるところ、本許可申請までに開発区域内の土地を先行取得しておく必要があり、そのために融資を先に実行する必要がある。
③ そして、大規模宅地開発といったプロジェクト融資においては、土地の現在価値のみを基準に担保設定し、開発対象物件外の資産を担保提供させることは現実問題として不可能であって、開発完成後の付加価値をも含めて土地を評価し、開発対象物件を担保として融資を実行することが慣例化しており、中野町開発に関し用地買収が困難であるとの情報はなく、却ってマルタホームからは順次買収できる見込みであるとの申出があった。
④ したがって、被告らが開発許可前に買収土地に順次担保を設定することを条件に中野町開発に関する融資に賛成したことに忠実義務違反はない。
(東田開発に関する融資打切について―争点2の2)
(一) 原告の主張
被告らが東田開発に対する融資打切に賛成したことは、伊予銀行に対する取締役としての忠実義務、善管注意義務に違反する。すなわち、
(1) 東田開発の対象地区は、市街化調整区域に指定されていたものの、宅地開発には適地で、マルタホームは、平成六年五月一二日、愛媛県知事及び新居浜市長から開発許可を受けていた。しかも、マルタホームは、開発予定地のほぼ全てを買収済みであり、宅地開発事業の遂行に何ら支障はなかった。したがって、伊予銀行が融資を継続していれば、マルタホームは莫大な利益を上げることができ、同銀行は五一億一七〇〇万円の融資金を回収できていた筈である。
(2) また、伊予銀行は、平成五年三月三〇日、マルタホームに対し限度額九三億円とする融資確約書を発行し、その際、同社に平成元年度以降の決算報告書、返済計画書、事業計画書を提出させ、これらを精査した上で取締役会において追加融資を実行することを決定していた。
(3) それにもかかわらず、伊予銀行がマルタホームに対し東田開発に関する追加融資を打ち切ったのは、融資基準に著しく反する誤った行為であり、これに賛成した被告らには取締役としての忠実義務違反、善管注意義務違反がある。
(4) 被告らは、国際開発が東田開発に関与していることが判明したことを融資打切の理由とするが、東田開発は当初から国際開発とマルタホームが共同で取り組んでいた大規模宅地開発事業であり、前述のとおり、被告らも平成二年七月ころには両社の共同開発事業であることを知っており、仮に知らなかったとしても、マルタホームから提出された資料を精査し、補充調査を行えば、遅くとも平成二年末ころには国際開発との共同事業であることを知り得た筈である。
(5) 被告らは、東田開発に関する融資打切の理由として、マルタホームから国際開発に一三億三〇〇〇万円の約束手形が振り出されたことを強調するが、開発行為の遂行なくして利益が生じる見込みはなく、右手形に対応する方策はあった筈であり、五一億一七〇〇万円の巨額な融資をしておきながら融資を打ち切って開発を断念させ、莫大な回収不能な損害をもたらすに至ったことは、到底看過し難い処置というべきである。
(二) 被告らの主張
伊予銀行の東田開発に関する融資打切は正当であり、その決議に賛成した被告らに取締役としての忠実義務違反、善管注意義務違反はない。すなわち、
(1) マルタホームは、伊予銀行に対して、東田開発は同社の単独事業であるとして融資申込をしていたが、平成四年一〇月にマルタホームが関係官庁に提出した書類が暴力団と関連のある国際開発との連名になっていることが判明した。そこで、伊予銀行は、銀行の倫理性、社会公共性から、国際開発は事業主体として不適切であると判断し、マルタホームに対し、国際開発との共同事業であれば融資できないと警告したところ、同社からは自社単独事業であり、国際開発は単なる土地取得の協力者にすぎない旨の弁明がなされ、平成五年三月には国際開発は以後一切東田開発に関与しない旨の覚書も差し入れられた。
(2) ところが、平成五年五月、国際開発から伊予銀行に対し、東田開発は当初からマルタホームと同社の共同事業で利益も折半する契約になっており、右覚書も銀行向けのもので裏覚書がある旨の申出があった。その後も、マルタホームと国際開発との間で、開発許可申請手続や利益配分を巡り紛争が絶えず、調停の申立てや提訴など、混迷の度合いは深まっていくばかりであった。そして、平成六年五月には、マルタホームが単独で開発許可を得たものの、用地のうち国際開発名義(持分三分の一)の一筆が買収できないといった事態にまで至った。
(3) しかも、マルタホームにおいて伊予銀行が東田開発の土地買収代金や開発許可申請手続等の手数料として融資した金員のうち多額の金員を他に流用しながら、同銀行に対しては変造複写した領収書を提出して適正な支払をした旨虚偽の報告をし、融資金の一部を騙取するなどしていた事実が判明した。
(4) そして、マルタホームは、経営資金にも事欠く状態となり、資金的な目途もないのに、東田開発の利益の先払いとして、国際開発に対し、平成六年四月ころ、支払期日を同年七月二〇日とする総額一三億三〇〇〇万円の約束手形を振り出すなど約束手形を濫発して、信用照会も頻発していた。
(5) さらに、平成六年五月一七日、マルタホームの田坂社長が、伊予銀行を訪れ、「銀行が金を貸してくれるのならばやる気があるが、無理だろう。自分自身の胴がもたない。既に弁護士とも相談して倒産の場合の準備を進めている。」などと自暴自棄に陥った無責任で投げやりな申出をするに至った。
(6) また、当時の社会情勢は、いわゆるバブル経済の崩壊により資産デフレが甚だしく、特に不動産市況の悪化は予想を絶するものがあった。
(7) 以上からして、マルタホームの経営実態が著しく悪化し、東田開発を遂行する能力も意欲もなくなっていたこと、同社との与信取引の基礎となる信頼関係が破綻し、東田開発に関して当初の予定に従った融資を継続しても、国際開発に対する前記手形の支払等の用途に流用される危険性が大きかったこと、東田開発には国際開発が主導的、支配的な影響力を持ち、マルタホームはこれに翻弄されているとみられたことなどから、東田開発の成功は望み薄といわざるを得ない実情にあり、場合によっては、伊予銀行も抜き差しならない事態に追い込まれるおそれすらあった。
(8) そのため、伊予銀行は、東田開発については追加融資金全額又はこれを遙かに上回る損失が生じかねないと判断し、平成六年五月二〇日及び同月二三日開催の取締役会(常務会)において融資打切を審議し、被告らは、これに賛成し、可決したものである(なお、被告青野和夫は、右決議に関与していない。)。
(9) したがって、東田開発に関する右融資打切に誤りはなく、その決定に賛成した被告らにおいて金融機関の役員としての経営判断に何ら不合理な点はなかったので、取締役としての忠実義務違反、善管注意義務はない。
(東田開発に関する融資について―争点2の3)
(一) 原告の主張
仮に、東田開発に関する融資打切が不当とはいえないとしても、もともと同開発に関する融資自体が不当であり、その融資決議に賛成した被告らには、伊予銀行に対する取締役としての忠実義務違反、善管注意義務違反がある。すなわち、
(1) マルタホームは、当初から国際開発との共同事業として東田開発に着手しており、単独で大規模宅地開発を進めることは困難であったところ、被告らは、平成二年七月ころには右共同事業であることを知っていた筈であり、知らなかったとしても、補充調査をしていれば、融資の初期の段階、遅くとも同年末ころには国際開発との共同事業であることを知り得た筈である。けだし、平成二年七月ころ、伊予銀行の行員が同銀行振出の保証小切手を国際開発の事務所に持参しており、同年九月ころには、国際開発とマルタホームが地権者から共同で土地を購入した売買契約書が作成されているところであって、調査をしていれば、国際開発が単なる地元の協力業者ではないことは直ちに判明したといえる。しかるに、被告らは、東田開発に国際開発が深く関わっていることを容易に知り得たのに十分な調査をせず、後に同社の関与を理由に融資打切となる事態を予見しないで融資を決定したものであって、調査ないし確認不足の落ち度があるというべきである。
(2) 東田開発は、信栄宅建株式会社(以下、「信栄宅建」という。)が一五年もの歳月をかけながら用地買収等が難航して開発を中断した案件であり、対象予定区域の四割程度しか買収の目途が立っていなかった上、保安林解除、進入路、排水路の確保等、不確定要素を多く抱えていた。そして、同開発については、平成六年五月に愛媛県知事及び新居浜市長から開発許可が得られているが、右事情からして、その四年前の平成二年当時には開発許可が得られる見通しは立っていなかったというべきである。しかるに、開発許可が得られておらず、その見通しも不十分な時期に、被告らが東田開発に関する融資決定に賛成したのは、取締役としての落ち度というべきである。
(3) 加えて、前述のとおり、マルタホームは、大規模宅地開発を進めるだけの企業規模や信用もなく、どうしても開発許可前に巨額の融資を実行するのであれば、伊予銀行としては、別物件を担保にとるなど債権保全手段を講じるべきであった。ところが、伊予銀行がマルタホームから東田開発の融資において徴求した担保は、市街化調整区域内の山林、畑、田、保安林といった価値の極めて低い開発予定地ばかりであり、しかも、同社が買収した土地は仮登記物件が多く、担保設定が可能になるのは本登記を具備した後にならざるを得なかった。そうすると、別物件を担保に取らず不良債権の発生防止の処置を講じないまま、東田開発に関する融資決定に賛成した被告らには、取締役としての落ち度があるというべきである。
(4) また、被告らには、中野町開発と同様に東田開発についても、融資金の追跡調査を怠ったまま追加融資を継続した落ち度がある。
(二) 被告らの主張
東田開発に関する融資について不当な点はない。すなわち、
(1) 東田開発の対象土地は、信栄宅建が約七割の用地を取得していたが、平成二年四月ころ開発を中止し、マルタホームに全部の所有地を譲渡することになっていた。マルタホームは、地元不動産業者等の協力の下に残地を取得し、早期に開発事業を完成できる見通しを持っていた。
(2) マルタホームは、従前から伊予銀行と良好な信頼関係にあり、同社が約定を違えたり、背信的行為をしたことは一切なく、東田開発についても同社の単独開発であると説明していた。そして、同社は、和気、堀江団地、北土居団地、安城寺団地といった大規模な開発による大型宅地分譲の実績があり、東田開発開発の成功により伊予銀行の将来的な利益が見込まれた。また、東田開発は、新居浜地方の活性化に繋がる公共性のある案件であり、愛媛県や新居浜市の強力な支援体制も期待できた。
(3) 平成二年四月二三日開催の常務会においては、審査第一部から、東田開発に関する融資について、中野町開発に対する融資決定をした矢先であり、当面はこれに専念させるのが相当と考えられること、計画上の販売価格は、実勢価格と開きがあると考えられること、利益が出ても僅かと考えられることなどから、融資を不可とする意見も出されたものの、前述のような事情を総合的に勘案すれば、応諾するのが相当との意見で最終的にまとまった旨の報告がなされた。被告らは、右報告を踏まえて検討した結果、融資の実行に賛成したものである。
(4) なお、伊予銀行は、東田開発に関する融資についても、開発許可前に開発対象地を担保として融資を実行しているが、このような扱いは、前述のとおり、大規模宅地開発についての融資方法の通例であり、何ら不当なものではない。
3 損害額(争点3)
(一) 原告の主張
(1) 中野町開発に関する融資による損害額
マルタホームには、約一一八億円の負債があり、伊予銀行の中野町開発に関する融資金六億八一〇〇万円を回収できる見込みはないところ、同銀行が担保に徴求している中野町甲二八三番一外一四筆の土地の購入費は二億一九五三万九〇〇〇円であるから、同銀行には、少なくとも、右融資額から土地購入価格を差し引いた四億六一四六万一〇〇〇円の損害が生じたことになる。
(2) 東田開発に関する融資ないし融資打切による損害額
マルタホームには、東田開発に関する伊予銀行の融資金五一億一七〇〇万円を返済する見込みはないところ、同銀行が担保に徴求している土地は最低競売価格が三億八三九四万円と決定されながら未だ買受がなされていない状態であるから、同銀行には、少なくとも、右融資金額から最低競売価格を差し引いた四七億三三〇六万円の損害が生じたことになる。
(二) 被告らの主張
伊予銀行は、マルタホームに対し中野町開発や東田開発に関し事業資金の必要額を随時融資してきたにもかかわらず、同社が同銀行の与り知らないところで他に多額の負債を抱え、資金手当の目処もなく巨額の約束手形を濫発したため、これらを決済できずに事実上倒産するに至ったものである。したがって、伊予銀行が右各開発事業に関し融資ないし融資打切を決定したことと、同社に対する融資金が回収不能となって損害が生じたことには、相当因果関係がない。
第三 証拠関係
本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。
第四 争点に対する判断
一 中野町開発及び東田開発に関する融資等の経過について
前記前提となる事実については当事者間に争いがなく、証拠(甲四、五、一〇ないし一八、二〇ないし二二、二三の1、2、二五ないし四九、五一、五二、六〇ないし一七〇、乙一ないし七、八の1ないし3、九の1ないし3、一〇の1ないし27、一一、一五ないし一八、二〇ないし二二、二四の1ないし4、証人湯上勉、被告牧野浩、原告)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 伊予銀行のマルタホームとの取引経過等
(一) 伊予銀行は、昭和四九年一一月にマルタホームが設立されて以来、同社と継続的に与信取引を行っていたが、融資金の弁済は順調で信用失墜行為もなくきていた。そして、昭和六二年ころから、同社は、売上高や経常利益が減少していたものの、同銀行としては、事業の端境期にあったことなどが原因であると理解し、同社について、好収益会社とまではいえないが、安定した業績を上げる堅実な業者と評価していた。
(二) マルタホームは、松山市周辺の和気、堀江団地、北土居団地、安城寺ニュータウンなど、相当規模の宅地開発を成功させた実績があり、同社の田坂社長は、積極的で実行力があると評価されていた。
2 中野町開発への融資決定
(一) 伊予銀行は、マルタホームから、平成二年一月ころ、中野町開発に関する融資申込を受け、同年二月二八日、常務会において、被告桝田三郎、同水木儀三、同牧野浩、同宮内省三らが出席し、同開発に関する九五億円の融資の適否について審議がなされた。右審議に当たっては、岩瀬審査第一部長から、マルタホームの銀行取引の実績や開発業績、東田開発に関する開発計画、開発許可見込み、対象不動産の担保価値等につき、資料に基づく説明がなされた。そして、検討の結果、①当時、愛媛県内の不動産市況が活発で、大規模宅地開発事業も活発に行われ、銀行にとっても、住宅関連事業は優良かつ有望な融資先とされていた上、住宅ローン需要への対応など、新規取引の推進が図れ、地域密着によるイメージアップにも繋がるなどの利点があること、②さらに、中野町開発が住宅供給公社からの引合いもある大掛かりな地域開発事業であって、既に松山市長から開発の事前同意が得られており、松山市の中心部に近く地理的条件もよく、開発も容易で事業成功の可能性が高いとみられたこと、③また、マルタホームの業績、開発実績、資産状況などをみても大きな問題はなく、田坂社長が意欲的に同開発事業に取り組もうとしていることなどから、右融資に前向きに取り組むことが決議された。
(二) ところで、中野町開発についての松山市長の事前同意は、マルタホームとキングハウスの共同事業として昭和六一年三月四日になされており、昭和六三年四月一一日には、キングハウスが中国四国農政局長から農地転用の事前同意を得ていたが、伊予銀行は、田坂社長から、キングハウスの本社が開発地域内にある関係で事前同意が二社名になっているが、その後マルタホームの単独事業となった旨説明を受け、事前同意申請に付けられた諸条件を充足すれば、マルタホームに対して単独の開発許可が下りるものと認識していた。
(三) そして、右開発許可を得るためには、地権者の三分の二以上の同意が必要で、通例では開発対象地の大半を買収しておかなければならず、マルタホームもその資金を必要としていたことから、伊予銀行は、同社に対し、開発許可がなされる前に、既に買収済みの土地に担保設定して融資を実行することにした(なお、具体的融資額及び担保設定土地の地目、面積等は、前記前提となる事実2(一)、(二)のとおりである。)。
3 東田開発への融資決定
(一) 伊予銀行は、平成二年三月、マルタホームから単独開発事業であるとして、東田開発に関する六五億円の融資申込を受け、同年四月二三日、常務会において、被告桝田三郎、同水木儀三、同牧野浩、同宮内省三らが出席して右融資について審議がなされた。その際、西谷審査第一部次長から、①同審査部では右融資に対する消極意見も出されたが、過去に同開発を手掛けた信栄宅建は開発許可を得られなかったものの、マルタホームは関係先とも十分詰めており開発許可を得られる見通しであること、②同社は信栄宅建が取得していた開発対象地を一括して取得できることになっており、残りの開発対象地についても地元業者(後に国際開発と判明した。)の協力が得られる見込みであること、③同開発は地価や市場性からみて造成宅地の完売も可能であること、④また、新居浜地方の活性化といった公共性もあり、愛媛県や新居浜市のバックアップも期待できること、⑤開発後は伊予銀行舟木支店の有力市場となり得る利点もあることなどから、右融資を応諾したいとの結論に至った旨の報告がなされ、関連資料に基づき、マルタホームとの取引状況や同社の分譲実績及び融資条件(買収済みの土地に順次担保設定し、田坂社長らマルタホームの取締役が連帯保証人になること)などについて説明がなされた。そして、右報告及び説明に基づいて、常務会で審議が行われ、東田開発に関して融資を実行することが可決された(なお、東田開発の対象地域の特性、具体的融資額及び担保設定の経過等は、前記前提となる事実3(一)、(二)のとおりである。)。
(二) ところが、平成二年五月一二日、国際開発が信栄宅建から東田開発対象地の買収済土地を買い受けるとともに未買収土地についても国際開発が買収する旨の契約が締結され、売買契約書(甲一五)が作成されていた(その後、両社間で代金支払方法や所有権移転登記等につき紛争が生じ、同年七月四日に新居浜簡易裁判所で和解が成立している。)。
(三) 伊予銀行は、平成二年五月一五日、信栄宅建所有地の売買契約書の買主名義がマルタホームと国際開発の連名になっていることを知り、国際開発の関与を疑ったが、田坂社長から地元で名の通っている国際開発が入っていないと地権者が土地を売ってくれないためにとった便宜的かつ形式的措置である旨説明を受け、東田開発がマルタホームの単独開発であると信頼して、同日一五億六〇〇〇万円の融資を実行した。
4 融資決定後の経過
(一) ところが、マルタホームは、平成三年七月一八日、国際開発との間で東田開発を共同遂行する内容の基本協定書(甲一〇)を取り交わし、同年九月二六日には、両社の連名で新居浜市建築課に開発事前審査願を提出した。また、マルタホームと新居浜市長との間で交わされた国領ニュータウン林地開発(東田開発)行為に伴う覚書や林地開発行為に関する協定書(甲一二)についても、国際開発が連帯保証人となっていた。しかし、伊予銀行には、これらの事実は一切知らされていなかった。
(二) 一方、中野町開発については、用地買収が思うように進展しなかったこともあって、平成三年五月三〇日、伊予銀行側では、田坂社長に対し、同開発を一時中断して東田開発に専念することを進言し、マルタホームは、これを応諾して東田開発に専念することになっった。
(三) 平成四年八月、伊予銀行は、マルタホームから、新居浜市泉池の造成予定地(以下、「泉池物件」という。)を買い取りたいので総額二六億円の資金融資をして欲しい旨打診を受けたが、東田開発の目途がつくまで大型案件は見合わせるべきであるとして、これを拒絶した。
(四) 平成四年一〇月ころ、伊予銀行は、新居浜市に提出した東田開発の経過概要書の事業主が国際開発とマルタホームの連名になっており、協議経過書の開発行為申請者名が国際開発名義になっていることを知った。また、同銀行は、同年一一月四日には、同開発の事前審査願もマルタホームと国際開発の連名になっていることを知った。
(五) 伊予銀行は、右事実を知って、国際開発が遊戯場経営を主たる業務とする会社であり、その代表者である甲野太郎は過去に暴力団に所属し当時も暴力団との親交関係を有する人物とみられたことから、銀行の倫理性や社会公共性等からして、同社が絡んだ案件に融資するのは相当でないと判断した。そこで、伊予銀行は、田坂社長に国際開発の関与について改めて問い質し、マルタホームの単独申請にするよう厳重に申し入れたところ、平成四年一一月五日、同社長から、地元業者の国際開発との連名の方が便利であるので同社の名義を用いたが何時でも変更可能である旨回答を得た。また、伊予銀行は、同年一二月、田坂社長に対し、誰が事業主体か分からないようであれば追加融資はできない旨言明し、同社長から、今後マルタホームが東田開発を単独で行う旨確約を得た。
(六) ところが、その後、マルタホームが泉池物件の土地購入資金として既に多額の手形を振り出していることや、国際開発の甲野社長が同物件の購入にも絡んでいることが判明した。伊予銀行は、マルタホームに対する融資を実行しなければ、東田開発も挫折するおそれがあると判断し、平成四年一二月一一日、やむなく泉池物件に関して一三億五二〇〇万円を同社に融資したが、その際、取締役の被告牧野浩らが田坂社長と面談し、今後無断で手形を振り出すようなことがあれば、融資は全て停止する旨告げるとともに、改めて、誰が事業主体か分からないようでは追加融資はできない旨注意した。これに対し、田坂社長は、東田開発について便宜的に国際開発の名義を用いたが疑念を抱かれたのであれば今後の手続はマルタホームが単独名義で行う旨再度約束した。
(七) 平成四年一二月一二日、国際開発からマルタホームに対し、同社は地元調整の便宜上の申請人であって東田開発に関し何らの権限を有しておらず今後は申請人とならない旨の覚書が交付され、右覚書は、伊予銀行にも提出された。ところが、マルタホームと国際開発との間には、右覚書は伊予銀行に提出するために作成されたもので何ら効力はないとする裏覚書(乙一五)が作成されていた。
(八) 平成五年三月三〇日、伊予銀行は、マルタホームに対し、開発許可申請に添付するための融資確約書(甲一三)を交付する一方、マルタホームからは、融資条件を満たさない場合には融資を受けられなくとも一切異議を申し立てない旨の念書(乙一八)を差し入れさせた。
(九) 平成五年五月一九日、伊予銀行は、マルタホームから、東田開発の土地代一億六〇〇〇万円の追加融資申込を受けたが、開発許可申請がマルタホームと国際開発の連名のままであったため、マルタホームの単独申請とされるまでは融資はできないとして、これを拒否した。そして、同年五月二四日、伊予銀行の西山常務らが田坂社長と面談し、東田開発はマルタホーム単独で遂行する旨確約を得ているがどうなっているのか質したところ、国際開発は名義を外してもよいと言っているが行政機関の方が連名のままにしておくことを希望しており便宜上そのままにしてある、国際開発には地元業者として土地買収に助力して貰っている旨回答があった。これに対し、伊予銀行の担当者は、東田開発は当初からマルタホームの単独事業との前提で融資しており、これを違えば融資はできない旨重ねて注意した。
(一〇) ところが、平成五年五月二五日、国際開発の甲野太郎代表者から、伊予銀行に対し、東田開発は当初からマルタホームと国際開発との共同事業であり、国際開発が手を引けば開発は中断してしまうので協力されたいとの申出があった。これに対し、伊予銀行は、マルタホームの単独事業という前提で融資したのであって、そうでなければ追加融資はできないと告げ、右申出を拒否した。その後、田坂社長から、便宜上国際開発との連名のままでもよいのではないかと申入れがなされるなどしたが、伊予銀行は、あくまでマルタホーム単独の開発許可申請をするように強く指導した。
(一一) 平成五年七月九日、住友建設株式会社四国支社から、マルタホームに対し、今後東田開発の申請者はマルタホーム一社とすることに決定した旨の確約書(乙一六)が交付された。また、伊予銀行本町支店の森田支店長も、平成五年七月一四日、住友建設四国支社及び新居浜市役所を訪問し、今後東田開発の開発申請はマルタホーム一社で行うことを確認し、伊予銀行は、平成五年九月二〇日、一億二七〇〇万円の融資を実行した。しかし、一方では、平成五年七月九日付で、マルタホームから国際開発に対し、右確約書は国際開発の指示により銀行用として作成されたもので、国際開発とマルタホームとの間の問題が不調に終わった場合には全て白紙撤回する旨明記した覚書(乙一七)が交付されていた。
(一二) 平成五年一〇月一日、マルタホームは、新居浜市長に対し、東田開発の開発行為許可申請書を二通提出した。提出された申請書のうち一通はマルタホームの単独によるものであったが、もう一通は国際開発との共同申請によるものであった(甲一二)。
(一三) マルタホームは、平成五年一二月二七日までに、国際開発名義の一筆の土地を残して東田開発対象地の移転登記を受けた。伊予銀行は、同社から、右土地代金の支払手形決済資金等としての融資申込を受けたが、対象地のうち一筆が未登記であったことから必要最小限の七〇〇〇万円に止めて融資を実行した。これによって、伊予銀行のマルタホームに対する東田開発に関する融資総額は、総額五一億一七〇〇万円となった。
4 東田開発に関する融資の中断
(一) 以上の経過で、伊予銀行からマルタホームに対し東田開発に関する融資がなされてきたところ、平成六年一月一七日、国際開発の代表者である甲野太郎が伊予銀行本町支店を訪れ、東田開発は当初からマルタホームと国際開発との共同事業でマルタホームの役割は資金調達であった、マルタホームは同開発の土地代金より二〇億円も多額に融資を受けて他に流用した可能性があり、これについて伊予銀行から明確な説明を受けるまでは開発許可を下ろさせない、マルタホームと国際開発との間には色々と約束事があることを覚えておいて欲しいなどと告げた。
(二) そこで、伊予銀行本町支店の森田支店長は、その翌日、同支店に田坂社長を呼んで面談したところ、同社長から、東田開発が国際開発との共同事業であることや、利益の先取り分として国際開発に対し七億円の手形を振り出したことなどを告げられた。
(三) その後も、国際開発から伊予銀行に対し、マルタホームに対する融資について誠意ある回答がなされるまで東田開発の開発許可を中断させるとの内容の書面(乙四、五)が送付されるなどしたため、伊予銀行は、田坂社長に対策を講じるよう求めた。しかし、田坂社長と甲野太郎代表者との交渉は難航し、東田開発の買収予定地のうち国際開発名義の残り一筆の買収が困難な状況となったため、平成六年三月二日、マルタホームは国際開発を相手方として調停を申し立てていた。
(四) 伊予銀行は、平成六年三月以降も、マルタホームから手形決済資金等の融資申込を受けたが、これを拒絶し、手形のジャンプや預金の取り崩しで対応させていた。
(五) そうしたところ、平成六年四月一一日、国際開発から、マルタホームを被告として、東田開発の対象土地について、真正な名義の回復を原因とする持分二分の一の所有権一部移転登記手続請求訴訟が提起され、その訴状の写しが伊予銀行に送付された。また、同年四月二〇日、伊予銀行は、マルタホームから宇和島市西垣生の住宅建築に関して融資申込を受けたが、現地調査を行ったところ、該当建物はなく、虚偽の融資申込と判明し、融資を中止した。
(六) 平成六年四月二八日、マルタホームから、伊予銀行に対し、当面の資金繰りのための融資申込があったが、同行はこれを拒否した。これに対して、田坂社長は、手形決済の努力はするが、最悪の場合は倒産もやむを得ないと話した。
4 東田開発に関する融資打切
(一) 平成六年五月一二日、マルタホームは、新居浜市長から単独名義で東田開発に関する開発許可を得た(甲一二)。
(二) ところが、平成六年五月一七日、田坂社長が伊予銀行本町支店を訪れ、東田開発の買収用地の一部が国際開発名義のままになっていて移転登記を受けることが困難であることや、国際開発に対し一三億三〇〇〇万円の手形を振り出していることを告げ、伊予銀行が資金を融資してくれたら東田開発を継続する気持はあるが無理であろうし、同社長自身も胴がもたないから弁護士に相談して会社を整理すべく準備している旨の申出があった。
(三) そして、平成六年五月一八日には、マルタホームに対して住友建設株式会社への支払分として一億二五〇〇万円を融資していたのに、実際には六二五〇万円しか同社に支払われていない事実が判明し、残額は田坂社長が流用している疑いが生じた。
(四) 伊予銀行は、マルタホームから会社運営資金等として一億円の融資申込を受け、平成六年五月二〇日の常務会において、被告桝田三郎、同水木儀三、同牧野浩、同宮内省三、同達川光作、同西山雄三らが出席して審議した結果、マルタホームには伊予銀行に対する背信行為がみられるので、今後同社に対する与信取引は一切行わないこと及び既融資金について債権保全手続をとることが決議された。
(五) さらに、平成六年五月二三日、被告桝田三郎、同水木儀三、同牧野浩、同宮内省三、同達川光作、同西山雄三らが出席した常務会において、マルタホームについての今後の対応策が審議された結果、①田坂社長に対して東田開発の事業主体を明確にするように求めていたのに、同社長の言は終始一貫せず、その場凌ぎである上、国際開発との紛争も絶えず買収用地のうち一筆は国際開発名義に留保されたままになっていること、②マルタホームは、泉池物件について資金手当のないまま手形を振り出し、伊予銀行は同社に対し再び無断で手形を発行すれば融資を全て停止する旨警告し、そのようなことはしない旨の確約を得ていたのに、同社は、右確約に反し、東田開発についての利益配分の先払いとして合計一三億三〇〇〇万円の約束手形を国際開発に振り出す背信行為に及んでおり、右手形には伊予銀行発行の融資確約書のコピーも添えてある模様であること、③経済社会情勢の変化によって土地需要が減退し、東田開発の事業自体非常に厳しい状況に追い込まれているのに、さらに工事代、造成原価、販売価格等が未確定の段階で、一三億三〇〇〇万円もの利益を国際開発に先取りされることになれば、事業の継続すら危ういこと、④マルタホームの経営状況は相当悪化しており、田坂社長も意欲を喪失し、正常な判断能力を失っているとしか考えられない行動に走るなど、東田開発の遂行は事実上困難な状況に陥っており、もはや伊予銀行としても支援のしようがないことなどの事情から、これ以上の取引継続を断念せざるを得ず、同社に対する融資を打ち切ることが決議された。
5 マルタホームの倒産とその後の経過
(一) マルタホームは、平成六年七月一三日と同月一九日、資金不足により二回にわたり不渡り手形を出し、同月二二日、銀行取引停止処分を受けて、事実上倒産した。
(二) 平成六年八月八日、原告がマルタホームの代表取締役に就任し、その後西原清が代表取締役に就任した。
(三) マルタホームが東田開発に関連して国際開発に振り出した額面一三億三〇〇〇万円の約束手形のうち、一億二〇〇〇万円分が国際開発から直接、三〇〇〇万円分が西原清を通じて、原告が代表者である西和クレジットに裏書譲渡された。
(四) マルタホームが国際開発に振り出した前記額面一三億円余の約束手形については、国際開発の代表者である甲野太郎が田坂社長から脅し取ったとして捜査、立件され、平成九年一〇月二七日、松山地方裁判所において甲野太郎に対し恐喝罪により懲役四年の実刑判決が言い渡された(右判決については、控訴中である。)。
以上の事実が認められる。
二 本件訴えの株主権濫用の当否(争点1)について
1 株主代表訴訟は、取締役への責任追及権を一定の資格を有する株主が行使することを許し、もって会社の不正な運営を監督是正する制度として認められたものであるから、右趣旨に反し、株主が不当な個人的利益を追求する目的で提訴するなど濫用されることがあってはならないというべきである。その一方、株主代表訴訟は、訴えを提起した株主に直接の利益をもたらす性質のものではなく、会社が被った損害を回復し、取締役の不正行為を抑制する機能を有するものであるから、その提訴が濫用に当たるとの判断は慎重に行わなければならず、当該訴訟が専ら株主たる地位と離れた個人的利益や不当な目的に基づくと認められる場合に、これを株主権の濫用に当たるとして却下するのが相当である。
2 これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、原告は、マルタホームの倒産後とはいえ同社の代表取締役に就任したことがあり、東田開発に関して同社から国際開発に振り出された一三億円余の約束手形の一部が原告の経営する西和クレジットに裏書譲渡されているところであって、原告は、マルタホームの田坂社長や国際開発の甲野太郎代表者と親交があることを自ら認めており(原告)、これらの事実に照らすと、本件提訴の背景には、融資打切によって不利益を被ったマルタホームや国際開発の甲野代表者の代弁者的な意図が疑われなくはなく、本件株主代表訴訟が株主として伊予銀行の利益を真に擁護するために提起されたものといえるかは疑わしいといわざるを得ない。しかしながら、一方において、前記認定事実によれば、本件訴訟の対象となった伊予銀行のマルタホームに対する融資額は五〇億円を超えるものであり、このような巨額の融資の大半が回収不能となって同銀行に莫大な損害が生じたことについて、同社に対する融資ないし融資打切に賛成した同銀行の取締役の責任を追及することは、株主の立場として無理からぬ側面もあるといわなければならず、本件訴訟が専ら個人的利益や不当な目的に基づくものと断じるに足りないというべきである。
3 以上からすれば、被告らの本案前の申立ては、理由がないといわざるを得ない。
三 マルタホームに対する融資ないし融資打切についての被告らの取締役としての責任の有無(争点2)について
1 取締役は、会社に対して善良な管理者の注意をもって忠実に職務を執行する義務を負い、右義務に違反して会社に損害を被らせた場合にはその損害を賠償しなければならない。ただし、取締役には、その職務執行において、企業経営の見地から社会経済情勢に即応しつつ流動的で多様な諸般の事情を総合して合目的的かつ政策的に判断を下すことが求められており、その経営判断には自ずと広い範囲の裁量が与えられているというべきである。
そうすると、取締役が職務執行に当たってなした判断につき、当時の社会情勢や会社の経営状況の下で通常の経営者に求められる知見や能力を基準に、その基礎となった事実認識や意思決定過程に看過し難い過誤や欠落があったと認められる場合には、善管注意義務違反や忠実義務違反が問責されなければならないが、当該職務行為が取締役に付与された裁量権の範囲を逸脱したとまでいえない場合には、結果的に会社に損害を生ぜしめたとしても、善管注意義務違反又は忠実義務違反があったとして責任を問われるべきでない。
2 そこで、以下、前記認定事実に基づき、被告らに伊予銀行のマルタホームに対する融資ないし融資打切について取締役として職務上の裁量権を逸脱した善管注意義務違反又は忠実義務違反があったか否かについて検討する。
3 中野町開発に関する融資(争点2の1)について
(一) まず、原告は、マルタホームには大規模宅地開発を手掛けるほどの企業規模も信用もなかった旨主張するが、同社は昭和四九年一一月に設立された資本金六〇〇〇万円の会社で、松山市周辺の相当規模の宅地開発を数件成功させた業績を有し、伊予銀行とは会社設立以来与信取引を継続していたもので、信用失墜行為もなく、創設以来の代表者である田坂社長は積極的で実行力もあり、堅実な業者と評価されていたものであって、原告の右主張はにわかに採用できない。
この点について、原告が提出した株式会社帝国データバンク作成の調査報告書(甲二〇)には、マルタホームの信用程度はAないしE評価中のDランクと記載されているが、右報告書は平成六年一月に作成されたもので、中野町開発及び東田開発について融資が実行された平成二年当時の信用評価の資料として用いるのは適切とはいえない。また、原告は、平成二年前後にはマルタホームの年間利益や売上高が減少していたことを挙げるが、伊予銀行側では、そのころは同社の事業が端境期にあったことなどが原因と理解しており、前記取引経過や事業実績に照らせば、堅実な業者と評価していたことに経営判断上の誤りであったとまで認めるに足りない。むしろ、同銀行としては、地方銀行の使命として、地場企業育成の面からも相当であると判断して右融資に応じたことが認められる(被告牧野浩)。
(二) 次に、原告は、中野町開発の対象地域は市街化調整区域に指定されていた上、融資申込時におけるマルタホームの既得土地も些少であり、その地目も山林等で担保価値は少なく、しかも開発許可が得られていなかったのであるから、別物件を担保提供させるか、開発許可後に融資を実行すべきであった旨主張する。
そこで検討するに、大規模宅地開発事業に関して銀行が融資を行う場合、確実に債権回収を図るためには、開発許可を得た後に、十分な担保を徴求した上で融資の実行を行うことが望ましいことはいうまでもない。しかしながら、右開発許可を取得するには地権者の三分の二以上の同意が必要で、開発業者は開発許可前に大半の土地を取得しておかなければならない事情があり、その土地取得に必要な資金を銀行が開発許可前に融資することをもって、直ちにこれを不当な行為と評価することはできない。
また、中野町開発に関し担保設定された土地は、原告が主張するとおり、市街化調整区域内の土地で買収予定地の一〇分の一に満たないものであり、融資当時の評価額は融資額に比して低廉であったといえるけれども、開発完成後には飛躍的に担保価値が高騰することが予測されるものであり、買収済みの土地に担保設定し、順次買収を完了した土地に担保設定することを条件として融資を実行したことについても、これを直ちに不当な融資と評価することはできない。
この点について、原告は、開発対象地以外の別物件を担保として徴求すべきであった旨主張するが、そうすると、長期にわたる大規模宅地開発を行う者は多額の融資金額を担保する高額な物件を他に所有していることが必要になるが、実際の開発事業においては非現実的というべきであり、大規模宅地開発は、山林や原野等であった土地を対象とすることが多く、これらの土地を安価に購入し、宅地として造成開発することによって付加価値を高めるものであるから、銀行としては、かかる事業の資金融資に当たり、造成後における付加価値を見越して開発対象地を評価し、担保設定を行うのが、むしろ通例と理解される。
したがって、原告の右主張は採用することができない。
(三) 次に、原告は、中野町開発がキングハウスとマルタホームの共同事業で松山市長の事前同意も二社宛になっていたのに、被告らがマルタホームの単独開発であると軽信したことが取締役としての注意義務違反である旨主張する。しかしながら、伊予銀行側では、田坂社長から、事前同意の申請段階では共同事業としていたが、その後マルタホーム一社で開発することとなった旨告げられており、融資実行の審査に当たり、事前同意書がキングハウスとの連名になっていたことが重大な障害事由になるとまで認めるには足りないから、原告の右主張は採用できない。
(四) 次に、原告は、原告らが中野町開発の融資に際して対象土地の農地転用等の許可を得ているか否かを確認していないことを問責するが、右開発については松山市長から事前同意が得られており、開発対象地区に農地、山林が含まれていることを前提に右同意が得られたものと考えられるから、被告らに右許可の有無を調査する義務があったとまではいえない。
(五) 次に、原告は、中野町開発に関し融資を開始した後において、被告らが融資金の使途について追跡調査を怠っていた旨主張するが、大規模宅地開発は一般的に長期間にわたる事業であり、短期的に融資金の使途を逐一確認していなければならないとまではいえず、マルタホームが従来の銀行取引実績から相当の信用を得ていたことに鑑みれば、被告らが融資金の使途を厳密に調査していなくとも、通常の銀行経営者として看過し難い過誤や欠落があったとまではいえない。
(六) なお、原告は、平成一一年二月二四日付の最終準備書面において、中野町開発に関する融資打切が不当である旨主張するが、同開発については、平成二年一二月まで融資が行われたものの、用地取得が思うように進展しなかったため、平成三年五月ころ、田坂社長の応諾を得て、東田開発に専念することにして融資を中断したものであり、この点について、被告らに取締役としての責任を認めるには足りない。
(七) 以上のとおりであって、むしろ、中野町開発に関する融資については、当時は愛媛県内においても不動産市況が活発で銀行にとっても住宅関連事業は優良融資先とされていたこと、マルタホームは業績も順調で田坂社長の経営能力も高く評価されていたこと、松山市長の開発事前同意が得られており、対象地区は松山市の中心部に近く地理的条件に恵まれていたこと、伊予銀行にとっては、事業成功により住宅ローンの需要拡大等多くの利点が見込まれたことなどの事情が窺え、被告らにおいて、右融資に賛成したことは、当時の経済状態や融資先会社の業績、右開発事業の成功による伊予銀行の利点等に照らして、その判断に誤りがあったとはいえず、本件全証拠によるも、中野町開発に関する融資決定に賛成した被告らに取締役としての経営判断に、通常の銀行経営者として看過し難い過誤や欠落があったとまで認めるには足りない。
4 東田開発に関する融資打切(争点2の2)について
(一) 原告は、東田開発は対象地区が宅地開発に適地で、開発許可が得られていた上、予定地の大半の買収が完了していたのに、被告らが融資打切に賛成したのは不当であり、融資を継続していれば多額の融資金の回収が可能であった旨主張する。
そこで検討するに、大規模宅地開発に対する銀行融資は、予め開発事業の成否や利益確保の見通しを立てた上決定されるものであり、一旦融資が開始された以上、これを打ち切るとなれば、開発事業を頓挫させ、融資金の回収が事実上不可能になって銀行にとっても損害を招く結果となりかねない。したがって、融資打切については慎重な判断が求められるところ、一方において、融資先の信用失墜行為や、事業の成功を困難にさせる障害事由の発生等、当初の融資決定の際に予期し得なかった不測の事態が発生し、融資を継続することによって損害を拡大させるおそれがあると判断される場合には、既に行った融資金が回収不能になることが予想されても、やむなく融資を打ち切る決定をすることも銀行経営者の判断として首肯し得る場合があるといわなければならない。
これを本件についてみるに、東田開発に関する融資については、大規模宅地開発事業として立地条件に恵まれ、既に他社が取得していた対象地を一括取得できる見込みがあるなど事業成功の見通しの下に融資が決定され、その後、融資が継続されて大半の用地取得が完了し開発許可も得られていたところ、その途中から、過去に暴力団に所属し当時も暴力団と親交関係を有する甲野太郎が代表者である国際開発が深く関与している実態が判明し、ついには、融資先のマルタホームが一三億三〇〇〇万円もの多額の約束手形を国際開発に振り出すといった異常事態が発覚するに至ったもので、その他、融資金の流用や虚偽の融資申込など信頼失墜行為が重なり、国際開発との紛争から用地買収の一部が困難になって、田坂社長において事業を投げ出すような自暴自棄な言動に及ぶ事態にまで立ち至ったものであって、その上、いわゆるバブル経済の崩壊によって土地住宅需要が激減するといった経済状況が加わり、以上の諸事情から、被告らにおいてマルタホームへ融資打切に賛成したことが認められる。
そうすると、右のような諸事情の下においては、融資の打切により多額の損害が生ずることが見込まれたとしても、融資を継続することによって損害がさらに拡大することを防止するため、やむなく融資打切の措置をとることも、銀行経営者として十分に考えられる対応であるというべきであり、これに賛成した被告らに取締役としての忠実義務、善管注意義務に反する行為があったとは認め難い。
(二) ところで、原告は、伊予銀行がマルタホームに対して融資確約書を発行し追加融資を決定しながら融資を打ち切ったのは融資基準に著しく反する不当な行為である旨主張するが、融資確約書は、開発許可申請書の添付書類として発行されたものであって、融資条件が整い次第融資を実行するという条件も明記されており(甲一三、被告牧野浩)、その交付によって融資が無条件で確約されたものではなく、その後の事情の変化によって、これを撤回することは十分考えられるところであるから、原告の右主張は失当である。
(三) さらに、原告は、被告らが東田開発に関する融資を可決した際、国際開発の関与を認識しており、仮に認識していなかったとしても、その後調査をしていれば容易に知り得た筈であるとして、同社の関与を理由に融資を打ち切ったのは不当である旨主張する。しかしながら、伊予銀行側では、融資決定後、関係書類などから国際開発の関与を疑ったが、田坂社長からはマルタホーム一社の単独開発事業で、用地買収の便宜上国際開発と連名にしているとの説明を受け、国際開発が何らの権限を有していない旨の覚書を提出させているところであって、マルタホームと国際開発との間には裏覚書が作成されるなど、国際開発の関与の実態は、伊予銀行には意図的に伏せられていたことが窺える。そして、仮に、被告らにおいて、国際開発の関与の実態について調査が足りなかったとしても、一三億三〇〇〇万円の約束手形が開発事業の途中において国際開発に振り出される事態まで予測することは到底できないことであり(右事態の発生が、マルタホームに対する融資打切の最大の理由となったことは、被告牧野浩の供述からも明らかである。)、右事態の発生を重くみて東田開発に関する融資打切に賛成した被告らに取締役としての職務上の注意義務違反があったとは認め難い。
(四) 以上のとおりであって、被告らが東田開発に関する融資についてその後の予期し得ない諸事情の発生によって融資打切に賛成したことは、銀行経営者として首肯し得る対応と認められ、本件全証拠によるも、右判断が取締役に与えられた裁量権を著しく逸脱した不当な行為であると認めるに足りない。
5 東田開発に関する融資(争点2の3)について
原告は、仮に、東田開発に関する融資打切が不当とはいえないとしても、もともと同開発に関する融資自体が不当であった旨主張するので、以下、検討する。
(一) 原告は、被告らが東田開発に国際開発が共同事業者として関与していることを知り、仮に知らなかったとしても容易に知り得たのに、調査を怠り、後に同社の関与を理由に融資打切となる事態を予見しないで融資に賛成したのは不当である旨主張する。
そこで、検討するに、前述のとおり、国際開発は暴力組織と親和性の高い甲野太郎が代表者である会社であり、マルタホームが同社に一三億円余の多額の約束手形を振り出した事実が発覚したことが東田開発に関する融資打切の最大の理由となったものであって、被告らにおいて、このような会社が深く関与している実態を知り、あるいは容易に知り得たのにこれを看過して同開発の融資に賛成したとすれば、取締役としての善管注意義務に違反するとの誹りを免れないといわなければならない。しかしながら、被告らが東田開発に関する融資に賛成した時点で、国際開発の関与の実態を知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、伊予銀行側ではマルタホームの田坂社長からは同社の単独開発事業であるとの説明を受けていたもので、それまで同銀行と同社との長年の取引実績の中で信用失墜行為もなかったことに照らせば、被告らにおいて右説明どおりと受け止めたことをもって、取締役として過失とまで評価することはできない。そして、伊予銀行側では、同開発への融資決定後、国際開発の関与が疑われるようになってからは、再三にわたり、マルタホームの田坂社長に対し同社だけの単独事業でなければ融資の継続はできないと警告、指導しており、これに対して、田坂社長から国際開発は便宜的に名義を用いているに過ぎないとの説明がなされていたところであって、しかも、マルタホームと国際開発との間では裏覚書が作成されるなど東田開発への国際開発の関与の実態を意図的に隠蔽していたことが認められ、これの事実に照らせば、国際開発の関与が疑われた後の融資の継続についても、被告らに取締役としての注意義務違反は認め難いというべきである。
(二) また、原告は、東田開発は長年にわたり手掛けていた信栄宅建が開発を中断した経過があり、対象土地の四割程度しか買収の目途が立っておらず、開発が容易に進行しないことは当初から明らかであった旨主張する。しかし、伊予銀行側では、過去に同開発を手掛けた信栄宅建は開発許可が得られなかったが、マルタホームは関係先とも十分詰めて開発許可が得られる見通しであり、同社は信栄宅建から既に買収済みの対象土地を一括取得できると理解していたものであって、現に、時期は遅れたものの、開発許可が得られ、開発対象地も国際開発名義の一部の土地を除いてその大半が買収できていることに照らせば、原告の主張はにわかに採用することができない。
(三) さらに、原告は、東田開発に関する融資についても、マルタホームには大規模宅地開発を進めるだけの企業規模や信用もなく、開発許可前に価値の低い開発予定地を担保に融資したのは不当である旨主張するが、これらの点については、中野町開発に関する融資について判示したとおりであって、原告の主張はいずれも採用することができない。
(四) なお、原告は、東田開発に関する融資についても、被告らが追跡調査を怠った旨主張するが、中野町開発に関する融資について説示したのと同様の理由により、原告の右主張は採用できない。
(五) 以上のとおりであって、むしろ、東田開発に関する融資については、中野町開発と同様に、時期的にも住宅関連事業が優良融資先とされていたこと、マルタホームの業績評価も高く、立地条件に恵まれていたこと、開発対象土地の大半の一括買収が可能で事業遂行が容易と見込まれ、伊予銀行にとって事業成功による多くの利点が期待されたことなどの事情が窺え、融資決定後に国際開発の関与が疑われたものの、意図的に同社の関与の実態が隠蔽されていたものであって、その後、到底予測することのできない国際開発への一三億円余の約束手形の振出やバブル経済の崩壊という経済不況によって、やむなく融資打切に至ったものと認められ、本件全証拠によるも、右融資に賛成した被告らに取締役としての裁量権の範囲を逸脱した善管注意義務違反又は忠実義務違反があったと認めるには足りない。
第五 結論
以上の次第で、その余の点の判断に立ち入るまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤武彦 裁判官熱田康明 裁判官島戸真)